:::

スポット写真

スポット地図

スポット情報

アドレス新北市瑞芳区基山街
電話連絡886-2-24063270
営業時間日中営業

関連の旅のルート

関連情報

基山街は九份を代表する老街の一つで、九份地区で最も商業の盛んな老街でもあります。平均3メートルに満たない幅の曲がりくねった細い老街です。「基山」とは「基隆山」のそばにあることを意味し、基隆山のふもとの古道から山沿いに曲がり道が続き、大竿林地区で軽便路と合流します。全長は850メートルにも達し、古くは「暗街仔」と称されました。


基山街の歴史は明治38年(1905年)ごろ、基山街と豎崎路の交差点付近にいくつかの店舗が並び始めたところから始まります。大正5年(1916年)には、顔雲年が土地を提供し、台北庁が経費を負担してできた魚菜市場(現公営市場の前身)が営業を開始し、基山街の地位が確立して商店が林立しました。ゴールドラッシュの時期には、基山街は九份で最もにぎわう商店街でした。


九份が没落すると、基山街は3~4軒の商店しか残らないほど寂れました。そして九份が再び繁栄すると、基山街は地の利を生かしてあっという間に大商店街の活気を取り戻しました。両脇には200軒もの商店が軒を連ね、基山街は狭く曲がりくねっていますが、人の波が押し寄せ、まるで影響はありません。民国89年(2000年)に九份では「大紅燈籠まつり-媽祖を迎え、百年を慶ぶ」が催され、多くの人出でにぎわいました。そして沿道の赤い燈籠も基山街と豎崎路の主な特色のひとつとなっています。


バス停の表示は基山街の入口が「旧道口」、豎崎路の入口が「九份」となっています。その理由は汽車路が開通する前、九份の主要幹線は豎崎路と保甲路を通って物資を運んでおり、豎崎路が九份地区の代表だったからです。昭和12年(1937年)、自動車路(汽車路の旧名)が開通すると、交通の中心は汽車路に移り、基山街は現地で「旧道」と呼ばれるようになりました。そして汽車路と基山街の交差点は「旧道口」と呼ばれ、九份地区の生活物資の出入口となり、貨物輸送の新たな中心となったのです。


参考情報:取材訪問